【ブラック病院】夢を持って看護師になったハズが逆に自分が病気になった話

どうも、皆さん。はじめまして。

理系メガネ派歴女元ナース・もずく(@mozuku_on7sea)と申します。

私は、看護師として約5年、3ヶ所の病院で働いてきました。

(転職回数は2回です。)

今回は、私の「“ブラック病院”での社畜エピソード」と「転職経験」をお届けします。

  • 「ブラックな職場」に苦しめられている方
  • 自分の病院が辛くて転職を検討中な方

 

に是非一読して頂きたい記事です。

それでは、めくるめく“ブラックの世界”へGo!

ブラックな病院とホワイトな病院を経験した私の看護師経歴

まずは、もずくの看護師経歴をざっくりとご紹介。

【病院①】大学卒業後の就職@地元の急性期病院

看護師としての第一歩を踏み出す。

非常に濃厚な「ブラック体験」を十二分に味わう。

【在職期間:1年5ヶ月】

【病院②】近隣の市の回復期リハビリ病院に就職

ココは『準ホワイト』でした!

【在職期間:1年2ヶ月】

【病院③】移住先の自宅近隣の回復期リハビリ病院

あの頃の「ブラック体験」をもう一度。

【在職期間:2年6ヶ月】

…以上です。5年の間に二回も「ブラック病院」に

遭遇するとは、自分でもビックリです。

今回は、病院①と病院③で体験した漆黒エピソードと

二回の転職経験エピソードをお届けします!

強烈パワハラ!言葉の暴力で“うつ病”発症

病院①で配属された病棟には、厳しい先輩ナースばかり。

病棟に配属されて3日位で突然、

「この薬を点滴する時に気を付ける事は?」

なんて一緒に回っていた先輩に聞かれました。

答えられずに厳しい“助言”をくらって、すっかり萎縮してしまいました。

その出来事をキッカケに、病棟のお局様(先輩ナース)何人かに文字通り『イジりがいある新人』としてターゲットにされた模様。

以後、新人指導と称した“厳しい助言”を毎日頂く事に。

もちろんアドバイスを頂けるのはありがたい事ですが、今振り返ってみてもあれは「指導に見せかけたいじめ」でしかありませんでした。

病棟カンファレンスでの「公開処刑」は日常茶飯事。

“ヒヤリハット”や“インシデント”等のミスを起こせば、もう先輩方の思うツボですね。

先輩や上司からのお言葉は以下の通り。↓

「他の新人の子たちはできてるのに、何でできないの?」

「私達も迷惑だし、患者さんにも迷惑だよ。」

「貴女には看護師は向いてない。」

「仕事の為に私生活がある。こんな理由で休むなんて信じられない。」

「泣いて仕事に支障を来すなんて、社会人失格。」

「足手まといだから、辞めて欲しい。」

「何で早く辞めないの?迷惑なんだけど。」

 

こんな言葉を毎日浴びせられながらも泣いて出退勤する日々を送る内に、私は遂に“うつ病”を発症しました。

何種類か薬を飲みながら、日々の先輩方による洗礼(と言う名のパワハラ)に耐える日々。

交代勤務も、先輩に内心怯えながら何とかこなしていました。

実はこの時のうつ病、現在も尾を引き摺っていて治療の最中です。

最も症状が酷い時よりは幾分か改善し、内服薬も随分減りました。(現在、薬1種類を1日1回だけ。)

それでも、まだ完治には至らない状況です。

転職先もブラックの気配…今度の敵は管理職!?

前述のブラック病院、結局1年5ヶ月くらい勤めたところで心身の拒絶反応が酷く、限界を覚えたので転職。

転職先の準ホワイト病院に癒された後に、私的な事情で近隣の県へ移住することになりました。

転居後のバタバタが一通り落ち着いた辺りで近隣の病院へ転職しました。

勤務科が同じでも、業務内容は違っていた…

準ホワイト病院と勤務科が同じ病院を選んだので、

「経験あるし大丈夫っしょ!」

と思ったら…何と、入院患者の“重症度”がコチラのが高いという落とし穴!

もちろんこれは確認を怠った私のミスです。

いくら経験があるとは言っても、日々の業務に追われるように。

疲労困憊したある日、ストレスを溜め込んだ私は再び“うつ症状”が酷くなってしまいました。まだ試用期間中だと言うのに。

遠く離れた転居先で、まだ友人と呼べる人はおらず、ストレスが上手く発散できなかったんですね。

精神疾患がわかった途端、上司の態度が急変!


“うつ症状”が酷くなった私は、看護部長(看護部を率いるトップ。管理職。)の部屋に呼び出しを食らい、面談する事に。

そこで、看護部長と事務部長にキツーい言葉を浴びせられます。

「せっかく期待して採用したのに、裏切られた。」

「あまり“うつ症状”が酷く、仕事にならないなら辞めて欲しい。」

「試用期間でこんな事があったら、普通辞めてもらうんだけど…。今回は特別に、嘆願書を本部に出しておいた。」

「休職してもいいが、発症する前の100%の状態で戻ってきて欲しい。」

 

本来、交代勤務ありの正職員での採用だったのですが、「無理のない範囲の勤務で…」と言う事で、パート職員に切り替えて首の皮一枚で職員としての籍は置いて貰える事に。

そして、短期間ながら休職した後、“パート看護師”として再び病院に戻る事に。

コレが、災厄の始まりでした。

甘い言葉に要注意!ブラックな沼に溺れ、消耗する日々

パートと言うと

「正職員よりラク!」

「時間決まっているし、責任も軽い!」

 

という印象があるかもしれません。

しかし、この病院では全くラクではありませんでした。

責任も、正職員と変わりません。

パート看護師は「処置番」という事で患者の受け持ちは基本的にしません。

ひたすら処置の数をこなし、少し手が空けば状況を読んで一番大変そうな業務の補助をします。

そんな具合で、病棟にとって『都合の良い歯車』になった私は常に誰かに呼ばれ、仕事の流れが滞れば違うスタッフに怒鳴られる…そんな毎日でした。

「病棟を助けて欲しい」

と耳障りの良い事を言われ、勤務シフトは、基本「土日連続で」入っていました。

更に、風邪をこじらせて仕事を休むと「看護部長室」に呼びだされます。

そして、看護部長に症状を詳しく訊かれた末に

「貴女が休めば休むだけ、貴女への信用はどんどん失われていくのよ!」

と言われる始末。

私は、有給の範囲内で休んでいるのですが……。

その後、しばらくパート勤務をしながら、私は考えていました。

私は、自分が『都合の良い歯車』状態で何の「成長」も無く、ずっとこのまま「処置番」を繰り返す事に疑問と虚しさを強く感じていたんです。

ある日、病棟看護師長との面談で

「やはり受け持ち患者を持って、もっと密に看護をしたい。」

と自分の熱意を真剣に伝えたのですが、看護師長には鼻で笑われました。

「何言ってるの?貴女は、患者さんとしっかり関わっているじゃない」

と。

私は、師長からの答えを聞き

(あぁ、ココにいても私にはもう先が無い…)

と確信しました。

私は、この病院に勤め続ける意欲を完全に失ってしまいました。

そして、次に書く「残業未払い」が決め手となり、私は病院を去りました。

残業代を支払わない! 労基署に目をつけられたブラック病院!

私はある日、入院患者の急変によって、約1時間半程残業していました。

しかし、この日の残業代がなかなか給料に反映されず…。

疑問に思っていた所、何ヶ月か前の業務終了時間の再調査用紙がスタッフ全員に配られました。

実は、残業が給料に反映されず『サービス残業』と長らく扱われていたのを病院スタッフの誰かが労働基準監督署に“内部告発”したんだとか。

それによって労基署の調査・指導が入り、

「業務終了時刻からタイムカードを切った時刻までに何をしていたか」

を個人に確認、業務に関する事なら残業代が支払われる…と言う事に。

…とは言え、何か月も前の残業内容など、いちいち覚えていません!

用紙に記載した内容を基に、看護師長が個々人に面接。

記載内容が「残業」に該当するかどうか?一つずつ質問してきました。

病院側としては、そんなに多くの行為を「残業」とは認めたくなかったのでしょう。

そんなにまでして、残業代を支払いたくないのでしょうか…?

そして、この勤務時間の調査は翌年も実施。

内部告発によって明らかになった「残業代未支払い」の件によって労基署に目をつけられた模様。

毎年調査・指導が入るように。

病棟にとって『都合の良い歯車』であり、看護部長には休む度に怒られる。

師長はコチラの話には耳を貸さない。

その上、急変対応ですら労基署の調査が無ければ「残業」として扱われない…。

私の中で、何かが「ブチブチッ」と千切れる音が。

病院を出ようぜ…久しぶりに…キレちまったよ…

…という事で、そのブラック病院に限界を感じて約2年半で退職。

“ブラック病院”で心身を散々痛めつけながら働いてきた私は、看護師として現場で働く事に限界を感じ、病院で再び働く事は考えなくなりました。

そして、看護師を辞めた数ヶ月後に子どもが出来ました。

現在は、田舎での~んびりと家族で暮らしています。

また、薬を扱う公的資格「登録販売者」として働く方針に変更。

その上、SNSを通じて縁を持った看護師の全く新しい働き方の活動に参加し始めました。

看護師の国家資格を活かして「複業家」としての道を突き進んでいます!

二度の看護師転職で学んだ「転職時の注意点2つ」

二度の転職活動の結果、“準ホワイト”と“ブラック”を引き当てたので私は「一勝一敗」と言ったところでしょうか。

この二回の転職活動から学んだ「転職時の注意点2つ」を詳しくお伝えしていきます。

【注意その1】 自分の方向性を明らかに!


まず、一つ目は「自分の方向性を明らかにしておく事」。

一回目の時、とりあえず逃げるように職場を辞めてきたので次の方向性があまり自分の中になかったんです。

とりあえず「転職支援サイト」には登録していたのですが…。

その為、自分の指針を定めてから行動に移るまでに(転職するまでに)時間が掛かりました。

転職エージェントからの連絡も、やたら答えを急かす内容のモノが多く鬱陶しく感じられるように。

その上、貯金がどんどん減っていくので、心臓に悪かったですね…。

「転職して自分がどうなりたいのか」

少しでも考えておくと、転職エージェント側から急かされてもブレずに済みますし、何より自分が行動しやすいですよ。

【注意その2】情報が命!使えるモノは何でも使って情報収集を

転職先をリサーチするにあたって、自分一人で得られる情報には限界があります。

クチコミも探せば出てくるでしょうが、情報の信憑性は

随分とアヤシイですよね。

よって、もし職場見学が可能なら、転職サービスを経由してでも自分の目で見学する事をオススメします。

その会社の採用担当者だけでなく、転職エージェントに詳しく話を聞いてみるのも◎。

外部者からは把握できない会社内部の情報を持っていて、教えてくれる場合もあります。

しっかり情報を吟味すれば、何もしないよりはブラック回避率がupしますよ。

転職してから

「こんなハズでは…」

と後悔するより、事前にあらゆる引き出しから情報を掻き集めてからよく検討してみてはいかがでしょうか?

まとめ 『石の上にも3年』…と言うけれど

看護師の場合

「最初の病院で最低3年は勤めないと後々苦労する事に…」

とよく言われています。

そうしないと、必要な専門知識や技術が身に付かない…と。

しかし、実際そんな事はありませんでした!

病院を渡り歩く中でも「“学びたい”という意欲」さえ失わなければ転職先でも十分リカバリーが効きます。

私の場合、一つの病院で勤続3年も持ちこたえられなかったんですが、然るべき助言を受けつつ新しい知識や必要な技術を身に付ける事ができました。

それで、何だかんだ5年勤め上げてしまったんです。

『石の上にも3年』

と同義の事を言われて迷っている皆さん、大丈夫ですよ!意外と自分次第で何とかなりますので。

私のように派手に心身の調子を壊して、長く苦しむようになる前に…

自分の身を守る『切り札』がある事を、どうか忘れないで欲しいと思います。

≪この記事を書いた人≫

もずく(@mozuku_on7sea)

理系メガネ派歴女元ナース。看護師・保健師の国家資格を所持。
漆黒の看護師経験5年を経て、「登録販売者」の道へ。

看護師の新しい働き方“PINK CROSS PROJECT”に参加。
ポケモン大好き。特技はトロンボーン演奏。
誕生日を迎えた月に、雑記ブログ『もずくの徒然漂流記』を開設。
「複業家」としての道を爆走する三重県民。

ブログ:もずくの徒然漂流記

管理人:☆←ヒトデの一言

☆←ヒトデ
折角難しい資格を持っているのだから、働く場所をもっと選ぶべき! 大丈夫! 需要はあります!

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