【メガ損保】女性が輝く社会と聞いて、営業で輝こうとしたらぶっ倒れたんだけど!

初めまして!

Webマーケティング会社で働きながら、20代向け恋愛メディアFUTARIDEのライターをしている、kaya(@kaya_futaride)と申します。

みなさん、女性活躍って単語を聞いたことはありますか?

労働人口の減少に伴う新たな労働力の確保のため、わが国にとって重要な課題であり、「女性が輝く社会」としてアベノミクスの成長戦略の柱として打ち出されています。

とはいえ、制度と現状の間には大きな差があるのが現実です。

もちろん、何とかしようと努力している人や企業はたくさんいますし、昔に比べたら格段に恵まれてきてはいます。

でも……難しい。

今回は、私が新卒で入社した大手損害保険会社でぶち当たった

  • 「女性活躍」の壁
  • それを乗り越えようと奮闘したこと(上手くいきませんでした)
  • しかし、自分なりの価値観や幸せを見つけられたこと

 

の体験談をお話します。

1.就活で初めてぶつかった男女の差

大学3年生になって就職活動がスタートした頃、私は

全国転勤のある総合職でバリバリ働いてお金をたくさん稼ぎたい!

と思っていて、大手金融機関を中心に選考を受けていました。

ところが、選考がある程度進んだ段階で

「全国転勤があるのに、結婚したらどうするの?子どもができたらどうするの?」

という質問がかなりの確率でされるようになったのです。

内心

あんたには関係ないじゃん!)

とか思いつつも

「親が全国どこにでも付いてきてくれると言っている」

「結婚はしない」

「その時考える」

 

などとその場を切り抜けるような回答をしていましたが、面接官もいまいちの表情で結果的にほとんどお祈り(不採用)

女性じゃ転勤がある総合職は無理だわ……

と思った私は大手金融機関にある「地域型総合職」というのに目を付けました。

全国転勤のある総合職とは違って、エリア内しか転勤はありません。

そして、これなら面接官に詰められる事もないと思いました。

地域型総合職の中でもインフラ工事~旅行まで世の中や人々を様々な局面でサポートすることができる損害保険の仕事に興味を持って選考に進んだところ、なんとか内定することができました。

今までは

 

  • 営業=男性
  • 事務=女性

 

の業務内容でしたが、「女性が輝く社会」を実現するために初めて営業枠で女性を採用するということでした。

こうして晴れて私は、女性営業社員の第1期生になることになったのです。

2.張り切って就職。成績はトップクラスに!

大学を卒業して入社したら、まずは同期400人でいくつかの施設に分かれて泊まり込みの研修です。

研修自体は、学校の延長みたいで気楽でした。

連日飲み歩いている同期もいましたが(結果論だけど、こういう性格の人の方が仕事は続く笑)、生真面目で長女気質な私は毎晩勉強をしていたせいもあり、入社前・研修中の試験はトップクラス

他社損保との合同研修でも積極的にリーダーをしていたこともあり、研修後に配属されたのは全国250以上の課・支社がある中で、売上が全国No.1の支店でした。

3.女でも関係ない! やりがいを持って仕事に取り組む

支社への配属後は、新しい仕事に一生懸命に取り組みました。

私の所属していた営業チームは私以外全員40代のおじさん5人で、お客さんである代理店さんにも年配のおじさんが多かったため、私の周りは一気におじさんばかり世界です。

損保の営業は、お客さんへの直接の募集はせず、保険代理店のサポート・管理をする間接営業が主体です。

損保の商品は保険という商品の性質上、各社大きな差はありません。

よって、重要なのは人間力です。

代理店さんがお客様に保険の提案する際、各社ある中で私の会社の商品をいかに勧めてもらい契約してもらうか。

そうしてもらうために

  • 日頃から有益な情報を渡したりトラブルの際にすぐに対応したりしてお役に立つこと
  • 代理店によく顔を出したり飲みに行ったりして仲良くなること

 

こういった日頃の活動を通して代理店さんと

人間関係を構築すること

が損保の営業マンにとってのミッションです。

新入社員でまだ知識がなく頭を使った営業ができない私は、徹底的に足を使い汗をかいて営業するように言われました。

その結果、損保の営業マンの人気投票と言われる保険で昨年の売り上げの2倍を達成することができました。それも2ヵ月連続で。

いろんなラッキーが重なったこととはいえ、素直に嬉しかったです。

そのことを大きな規模の会議で発表できたり、新入社員の女性営業社員が頑張っているということで会議で使った私のプレゼン資料が社長まで届くなどしたりしたので、上司も喜んでくれました。

4.ボーナスで気づいた違和感

段々寒くなってきた秋ごろ、とある大きな案件が私の所にやってきます。

年度末で支店の売上目標の達成も厳しい状態だったので

何としてでも取りたい!

と思って、残業や休日出勤をしたりしながら、代理店さんを引っ張って必死に頑張りました。

事務職の同期が、定時に帰ったり有給を取ったりして合コンや旅行に行っているのを横目に見ながら、自分の成長のため!と頑張りました。

当時、女性営業は残業を申請できる時間(=残業代をもらえる時間)が20時間までしかありませんでした(男性営業は30時間)。

しかし、勤怠管理はPCの起動時間で自動でなされていたので、それ以上残業することができません。

20時間なんて余裕で越えてしまった私に先輩(40歳)が言ったのは

「勤務時間を私用で抜けていたことにしてくれる?」

でした。

始業と終業をいじれない企業(ホワイト!!)だからこそ、就業中に私用で抜けていたことにするのです。

正直、わけがわかりませんでした。

しかし、1年目で大して成果も出せていなかったので言い返すことはできませんでした。

月の終わりなどは8→21時で働いて、5時間私用で抜けていたことにしていました。

もちろん、実際はお昼ご飯も食べられなかったり運転しながらパンをかじるような状態です。

その苦労の甲斐があってか、30万取れれば十分だった契約が200万越えで成約

彼氏とのデートが私の会社の前に20時集合なのに間に合わなかったり、休みの日も疲れすぎて動けなくて友達にも会えなかったりとかなり忙しい1ヵ月でした。

そして、待ちに待った初ボーナスが支給されます。

営業職も事務職も、社員区分としては同じで基本給が同じだったということもあり

(こんだけ頑張っていて、結果も出しているなら結構いい額貰えるでしょ)

と思い込み、どの高級ブランドバックを買おうか楽しみにして待っていました。

しかし、何気なく同期とボーナスの話をしている時に驚愕の事実に気が付きます。

 

事務職の同期と1,000円しか金額が変わらなかったのです!

 

それを聞いた瞬間、一気にやる気がなくなってしまいました……。

今まで私は仕事へのやる気はその仕事が好きどうかで決まると思っていました。

学生時代に4年間続けた接客業のアルバイトは、時給は安かったけど毎日やりがいを持って楽しく働けていたので、自分にとっては仕事はお金よりもやりがいの方が重要だと思っていたからです。

でも、社会人になって仕事が生活の大半を占めるようになった今

お金というのは非常に大きな価値観を占める

ことに気が付きました。

もしかして自分たちのような女性営業は、事務と同じ給料で営業させて、いいように使われているだけなのかな……。

と悩んだりもしました。

とはいえ、せっかくの女性営業第1期生です。

現場で湧き出てくるいろんな不満や不安をしっかりと上に伝えて、今後の制度や処遇の改善に生かしてもらわないといけません。

周りには腐ってしまう女性営業社員もいましたが、自分が変わることで周りも変わるはずと信じて、そのためにも一営業社員として成果を上げなくてはと思い、なんとか仕事を頑張りました。

しかし、今まで以上に仕事をし、上司やもっと上の人と話す機会を設けてもらったにも拘わらずですが、状況も待遇も何一つ変わることはありませんでした。

5.存在意義不明の「女性活躍推進部」

私たちは女性営業の第1期生ということもあり、女性活躍推進部のリーダーである副社長との研修や食事会による意見交換会がたびたび行われていました。

食事会がお洒落なレストラン貸し切りだったり、ビンゴなどでのイベントの景品がちょっと豪華だったりしたので、意見交換会というよりは慰労会という感じでした。

正直、そこにお金を使うなら月に1万でも営業社員としての手当てを付けてくれ!といつも思っていました。

そんな女性活躍推進部ですが、リーダーである副社長が、私がいるビルに女性営業社員への聞き取りのために来て頂けることになりました。

豪華なお弁当が用意され、副社長と偉い人数名と女性営業のメンバーで会食がスタート。

他の女性営業社員は

「大変だけど頑張ります!」

みたいに当たり障りのないことを言っていましたが、こんな耳障りのいい言葉を言っていてはせっかく副社長に来て頂いた意味がありません

役員相手に不平不満を言う勇気はなかったものの、現状問題となっている中で一番ましなことを選んで意見をしました。

それがこちら。

男性営業社員と女性営業社員で申請できる残業時間が違うので(=残業代をもらえる額が違う)、そこを同じにしてほしい

 

今見ても普通の意見だと思うのですが、これが大変なことになりました。

自分のデスクに戻ると、すぐに上司から呼び出しをされます。

私が副社長に直接意見を言ったことが大問題になっていたのです。

「なんでそんなことを言ったの?」

と私に詰め寄る上司。

「あのですね……副社長は意見交換がしたかったんですよ。そのためにわざわざ東京から来て、女性営業社員集めてお昼ご馳走してくれてあの場を作ってくれているんです。

副社長をいい気分にさせるためだけの意見交換会だったらやらなくていいじゃないですか。

っていうかそんな事やるくらいなら移動費・人件費・食事代にかかった経費を営業手当てでください!!!!

……なんて本音を言う気力はもう私には残っていませんでした。

代わりにいろいろ今までの疲れとか我慢とかが重なって、

目からつぅーーーーっと涙が出ました。

上司は

「違う違う、あなたが愚痴を言う人ではないのは分かってるよ。

ただ大企業にはルールがあって、いきなり新人が意見を言ったらびっくりしちゃうでしょ?

こういうことを相談したいっていうのを事前に教えてくれないと、相手がどんな風に思うのか分からないから」

と私をなだめました。

言論統制とか、戦時中かよ! ってツッコみをする代わりに、

私の中の切れそうだった糸がぷつんと切れました。

売上とか、もういいや。

真面目にやるだけ、馬鹿を見るなら、適当にやろう……。

6.何もかもがストレス! もう我慢の限界に……

今までは女性営業の第1期生として頑張るぞという気持ちでいたものの、女性活躍がていのいい人件費削減としか思えなくなった私にとって、今まで我慢できていたことが

何もかもムカつくこと

になっていました。

なんで事務職と同じ給料なのに、専業主婦がいて一家の大黒柱であるおっさんたちと肩並べて頑張らないといけないんだろう。

っていうかどんなに頑張っても昇進昇級のタイミングで出産・育児ってなったら絶対働けないじゃん。

それなのに今こんなに辛い思いをして働く必要あるの?

あと給料安すぎ!!

代理店のおじさん達に気に入られるために、いつもニコニコしていたりお酒を飲みに行ったりすることが、コンパニオンのバイトと変わらないような気持ちになりました。

おじさん達にせっせとLINEを送ったり、大した用事がなくてもかかってくる電話の相手をしている時は、まるでキャバ嬢になったような気分でした。

だったらコンパニオンやキャバ嬢の方がお金稼げるしいいじゃんって思ったり。

ものすごく無責任で頭の悪い年配の先輩のサポートに入って、先輩の手伝いをする残業の日々が続いたときもありました。

なんで年収1000万超えてる人のサポートをこんなに必死に私がやらなきゃいけないんだろう、私は絶対にそこまで給料あがらないのに、とイライラ。

定時であがったり有給を取ったりしている事務職の同期や、同じ営業社員でも数値目標もなく書類回収しに行ったり、重要な場面ではいつも男性営業社員に同行してもらっている同期にもイライラ

それを上司に(時には泣きながら)伝えても、営業として優秀だった上司はとても口がうまく、いつも丸め込まれたり説教されたりして終わるからイライラ。

なんで私が?

なんで私だけ?

なんでなんでなんで?

ずるくない???

そんな気持ちがずっと続き、それを抑えながら仕事をしていました。

そんな日々が続いているうちに、フェイスラインには鏡をみてドン引きするレベルのニキビが出来たり、ごはんをほとんど食べられなくなったりしました。(ダイエットにはなりました笑)

さらに、今までしたことのないような細かいミスが連発するようになりました。

ミスが怖くて、確認に確認を重ねるせいで余計に仕事が増えて、残業時間も増えていく悪循環。

そして、追い詰められた私はついに自分の勤めている会社の屋上に足を掛け……。

という夢を見るまでになってしまいました。笑

今思えば相当追い詰められていたのだと思います。

そしてある晩本当に、今まで感じたことないレベルの腹痛に襲われました。

体の下半分が燃えているのではないかと勘違いする程の痛みに、妊娠してないのに陣痛なのかと思ったくらいでした。

遠のく意識の中で、自宅から担架で運びだされて救急車に乗る時に思いました。

 

やった、明日会社休める。。。

 

7.精神科での療養、そして新たな道へ


その後、自分には一生縁がないだろうと思っていた精神科を受診し休職することになりました。

傷病手当金も貰えたので、寝ているだけでお金を貰えるニート生活の始まりです。

とはいえ、毎日嫌なことを我慢してずっとイライラし続けた結果、体と脳はものすごいダメージを食らっていたみたいで、4カ月はほぼ寝たきりで過ごしました。

せめて家事くらいはやろうとしたものの

Tシャツを3枚干したら疲れて休憩してしまっていたり

食欲がないけど我慢して味見した瞬間吐いてしまったり

その後横になっても震えが止まらなかったり。

正直、精神疾患なんて心の弱い人がなるものだと思っていていました。

しかし、寒い所に裸でいたら誰でも風邪を引くように、極度のストレスにさらされていたら誰でも精神的に病んでしまうものだと気付きました。

とはいえ、もう働きたくないと思うことはありませんでした。

学生時代のアルバイトは本当に楽しかったので

「自分が何かしたことによって他人から対価を得られること」は素晴らしいこと

という価値観を持っていたからです。

復職も考えたものの、たとえ制度が整った大企業で働いていたとしても専業主婦にフルサポートされた男性と同じペースでは働けない。

出産や育児といったライフイベントを考えたときに先輩の男性社員のような働き方を続けたいのかという疑問も出てきたため、退職することに決めました。

そして、私は今までアウトバウンドマーケティング(プッシュ型の営業、お願い営業)で人に迷惑をかけた営業をしてきた事に思う所がありました。

なのでこれからはインバウンドマーケティング情報を発信することで本当に商品を必要としている人を引き寄せる営業)を追及していきたいと思い、それが出来る現在のWEBマーケティング会社に入社しました。

広告にお金をかけられない個人や小さい企業であっても、本当にいい商品やサービスであればそれが必要な人に届く仕組みを作り、商品やサービスが必要な人に届くことでその人の持つ悩みを解決できるように日々仕事をしています。

8.みなさんに伝えたいこと:それぞれに「自分の軸」を持ってほしい

体調不良で休んでいる時は自分は社会不適合者なのではないか、社会にとっていらない人間なのではないかと1人で落ち込んでしまうこともありました

特に一時は同期の中で売上NO.1だったのに、休職して落ちこぼれてしまった自分を恥ずかしく思っていたときもありました。

でも、波風を立てずに何もしない人が評価されるのはやっぱりおかしいし、それに適合できなかった人が「社会不適合者」と言われるなら「社会不適合者」でいいやと今は思っています。

目の前の仕事をこなしていく人間も会社には必要ですが、小さな疑問をそのまま放置せずに

「自分の人生こうやって生きたいんだ!」という意思

があるのは素晴らしいことなのではないでしょうか。

忙しく働いて高収入と社会的ステータスを得ることが幸せだという男性は多いのかもしれませんが、必ずしも、女性もそうあるべきというわけではありません。

「輝いている」とおだてられ、忙しく働かされた挙句、出産や育児などで壁を乗り越えられなかったら

「あなたも壁を乗り越えられなかったね」

で終わるなんで悲しすぎます。

私自身、他人から大企業を辞めて勿体ないと言われることもありますが、やりたい仕事ができていてプライベートの時間も楽しめる零細企業勤務の今の方が、自分は輝いていると思うし、幸せです。

「女性のちょうどいい働き方が今の日本にはない」

という言葉もあるように、キャリアについては私もまだ模索中です。

しかし、他人からの輝いている輝いていないの基準に左右されることなく、自分の軸をもって自分で自分を輝かせていきたいと思います。

この記事を書いた人

名前:kaya

説明:20代半ばの巨乳です。嘘です。

倒産寸前の零細企業でWebマーケティングのお仕事をしながら、FUTARIDE(ふたりで)という20代向けの恋愛メディアでライターをしています。

モテた方が人生は100倍楽しい!!!誰もが持つ自分の魅力をきちんと伝えられて、モテるようになるための恋愛・美容ネタについて発信していきます。

自分に自信を持って素敵な恋愛ライフを

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☆←ヒトデ
真面目な人程損をするの、本当にクソ!

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