こんにちは。ノイと申します。
15年程前にブラックな学習塾に入社して半年で逃げ出したときのことをお話します。
あのとき、逃げ出すという選択をしていなければ
今も立派な社畜として飼いならされていた 又は 心身を壊して廃人になっていたことでしょう。
少しでもやばいと思ったら、三十六計逃げるにしかず。
心も身体も壊してしまっては、元も子もありません。
ブラック塾に入るまでの経緯
ノーマネー、ノーカレッジ
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高校卒業後、経済的な理由で大学には進学せずフリーターになりました。
無利子の奨学金を借りられるほど頭が良くなかったし、有利子で借りてまで大学に行きたいと当時は思えなかったので。
お金がなければ、大学には行けない。
ノーマネー、ノーカレッジ。(使い方間違ってる)
親の干渉が嫌で、1人暮らしを始めて自由な生活を味わってしまったのも、後の選択ミスの原因だったかもしれません。
フリーター、学習塾の営業はじめるってよ。
フリーターになって4年の月日が流れ、大学卒業を控えた友人は就職を決めていきました。
このままずっとフリーターでいるのか。
将来への漠然とした不安。
周りから取り残されていくことへの焦り。
一念発起して、中途入社の就職活動を始めました。
当時は就職氷河期で、新卒採用はもちろん、中途採用の募集も少なかったのですが、ようやく面接にこぎつけたのが学習塾の講師と営業でした。
面接では、高校で演劇部に在籍していた経験と「講師と営業は演じ分けが大事」という主張が採用担当に気に入られ、採用が決まりました。
ヤクザな部長に連れられて。
この採用担当は会社の部長だったのですが、外見めっちゃヤクザで怖い。
でもせっかく決まった就職先なので、頑張ろうと思ってました。
ただ、住んでた都市には事業所がなかったので、特急で片道1時間半 & 知り合いが誰も居ない地方都市での、1ヶ月の研修を受けることに。
研修終了後は、さらに遠方ではあるけど、知り合いが住んでいる別の地方都市の事業所に異動になるとのこと。
知り合いが住んでる土地なら心強いし、1ヶ月の我慢だと思い了承。
これが悲劇の始まりでした……。
ブラック塾に入ってからの話
営業のやり方がえげつない
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まず仕事内容がえげつない。
この学習塾の営業は、子どものいる家庭のリストを作り、それを元に飛び込みで営業をかける。
リストの作り方。
- 役所に行く
- 住宅地図を閲覧
- 住民基本台帳を閲覧
2と3を元に子どものいる家庭を洗い出し、リストを作る。
これって完璧にアウトなんじゃ……。
労働基準法? そんなものは無い
当時の北海道の最低賃金は650円でした。
僕のお給料は日給6500円。少なくても一日10時間くらい働いていたのでギリギリですかね。
講師も兼務してたので、授業の準備のために残業してましたが、残業代など出るはずもなく。
健康保険や年金はもちろん、雇用保険すらつけてもらえません。
休日は日曜のみ。月に26日勤務してました。
休憩時間だけはある程度融通がききました。
営業担当の同僚はノルマこなしたらサボってましたが、素直で純朴な少年にはサボる罪悪感には勝てませんでした。
口約束、ダメ、絶対
1ヶ月の研修期間が過ぎても、異動の話がカケラも出ないので、勇気を出して部長に直談判。
「そんな話してないぞ」
と一言。
初めから異動させる気なかったのか。忘れているだけなのか。
……どちらにしろやばい。
冬になる前にこの会社から退職して逃げ出すことに決めました。
退職するのに「3人新規生徒を連れてこい」と条件をつけられる
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話が違うので辞めると伝えたところ。
「生徒を3名獲得したら辞めさせてやる」
……退職に条件って必要でしたっけ?
もちろん必要ありません。
自己都合ですから条件も何もないと、今なら言えるんですが。
無知な若者は、その条件を達成するまで耐え忍ぶことを選びました。
人生で最大の絶望。親が言いくるめられる
知り合いのいない土地で、耐え忍ぶのはつらい。
思い切って親に相談してみました。
辞めたいのに辞めさせてもらえない、と。
父は言いました。
「任せておけ。部長と話をつけてやる」
と。
数十分後、父から出た言葉は、人生で最大の絶望をもたらしました。
「部長さん、いい人じゃないか。お前のことを考えてくれている」
どうやら部長に言いくるめられたようです。
頼りになると思っていた親に失望し、涙が止まりませんでした。
これがワイのケジメや! 3人獲得して退職
とはいっても、このままでは辞められない。
落ち込んでもいられません。
意地で生徒を2人獲得し、退職の引継ぎを進めました。
最後の1人が決まっていない時でしたので
「何で辞めると決まったことになってるんだ」
と言及されましたがいざという時はトンズラも辞さない構えでした。
幸い、最後の1人を獲得して、ケジメをつけて無事退職することができました。
寒い冬を知らない土地で過ごすのを免れました。
ブラック塾をやめて思うこと。もっと情報を大切に
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あの頃の僕に何が足りなかったのか。
それは情報です。
当時はインターネットも普及していなかったし、労働基準法もわかっていなかった。
理不尽な条件にも従うしかなかった。
もっと主体的に情報を集めていれば、早い段階でブラックの危険を察知できたのです。
よく考えると、雇用契約書も渡されていませんでしたし、就業規則も見せてもらえませんでした。
情報が大事と気づいた後は、主体的に情報を集める力をつけるために、通信制の大学を卒業し、行政書士の資格を取りました。
今は社会保険労務士の勉強をしています。
あの頃の僕のように、必要な情報にたどり着けず、苦しんでいる人を救いたい。
そんな思いで今日を生きています。
この記事を書いた人
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名前:ノイ@主夫ブロガー(@noizlife)
「家庭と複業を両立させる」をテーマに発信する30代主夫ブロガーです。
ブログ「NoizLife」を運営しています。
管理人:☆←ヒトデの一言
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