安定の公務員を捨てて海外へ!けん銃をバナナに持ち替えて海外移住した高卒元警察官の生き方

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こんにちは。浜崎あゆみさんをこよなく愛するnanaと申します。

88年生まれ、北海道出身で現在ニュージーランドに住んでいます。

高校卒業後すぐに警察官という道へ進み、5年後に退職して海外へ飛び出しました。

この記事では二つのテーマでお話させていただきます。

  • なぜ公務員という安定の立場を捨ててまで海外へ行くことを決めたのか。
  • 高卒でも海外で生活できるのか。

 

それでは、どうぞよろしくお願いします。

安定の公務員時代

警察官を選んだ理由

「駅伝の誘導をする白バイ隊員がかっこいいなと思ったから」

10年も前になるので明確には覚えていませんが、面接でこのように動機を語った記憶があります。

が、この文脈からお察し出来るように・・・・・・実際の理由はそうではありません。

わたしが警察官になった本当の理由は

「最終合格したのが警察官しかなかったから」

高校は進学校に通っていたので、240人いた同級生のうち就職したのはたった5人ほど。そのうち一人がわたしです。

細かな理由は省略させていただきますが、勉強嫌いだったため大学へ行ってもしょうがないと思い、就職することにしました。

でもどんな職業があるのかもよくわからない、「今」が楽しければ良いという考えの18歳のポンコツ田舎娘です。

とりあえず大人たちに勧められるままに公務員試験を受験し、最終合格を得たのが警察官だったというわけです。

警察官という職業について感じていたこと

この職業を知らない人はいないですよね。公務員の中でも制服を着て働く特殊な職業です。

生真面目な長女気質のわたしには、性格的にとても合っていました。

警察学校では怒鳴られても比較的ケロリとしていたし、剣道が出来なくて悔しくて泣きながら練習しても「辞める」ということを考えたことはありませんでした。

一人前の警察官として現場に出てからも、周りの人に恵まれていたため「あぁ・・・もう仕事行きたくない・・・」という気持ちになったことはありませんでした。

あるとしたら、寒〜〜い冬の日朝にお布団から出たくないだとか、みんなで旅行に行く前夜に殺人事件が起きて緊急招集されただとか・・・数えるくらいですね。

自分が関わった事件や事故が解決すること、良い方向に動いていくこと。

それは嬉しいだとか達成感があるだとか、そういった感情とも少し違う、不思議なものなのです。

隅っこに置き去りにしてあった、大切なものを見つけた警察官3年目

上司や同僚に恵まれ、仕事に自信がついてやりがいを感じていました。

毎日が充実していたその頃、隅っこに置き去りにしてあった大切なものを見つけました。

それは、小学生の頃から夢見ていた

 

「オーストラリアへ行ってみたい。その景色を生で見たい。」

 

という感情です。

この頃から、おうちへ帰るとパソコンでオーストラリアの景色を検索して眺めていました。そのときに「ワーキングホリデー」という聞いたことのない単語を見つけたのです。

 

ワーキング・ホリデー (英語: Working Holiday)とは、2国間の協定に基づいて、青年(18歳〜25歳または30歳)が異なった文化(相手国)の中で休暇を楽しみながら、その間の滞在資金を補うために一定の就労をすることを認める査証及び出入国管理上の特別な制度である。

ワーキングホリデー-wikipedeia

 

この制度を知り、その瞬間には母親に電話をかけて

「わたし、オーストラリアへ行く!」

と宣言していたのです。

これが、警察官になって3年半の頃。

公務員を辞める。そこに迷いなど一切なかった。けん銃はもういらない。

ワーホリのことを調べていくうちに、オーストラリアにいる自分が明確に見えてきました。

行かないという選択肢はそこにはなかったのです。

公務員を辞めるということ。

迷いなどかけらもなく、まるで目の前の信号が青になったから歩き始めるような感覚で退職することを決めていました。

両親には辞める時期こそ相談しましたが、辞めることについての相談はひとこともしませんでした。

両親が心配する気持ちは伝わってきましたが、応援してくれることがとても心強いと思っていたのはハッキリと思い出せます。

わたしの中では、公務員を辞めることは重大なことではなかったのです。それよりも

「小さい頃から叶えたかった夢を実現させること」

にワクワクし、そこへ向かう道だけが照らされていました。

このままではその道へ進むことが出来ないと知り、けん銃を捨てること、つまり、安定の公務員を捨てる道を選びます。

念願のオーストラリアへワーキングホリデー。けん銃をバナナに持ち替えました

オーストラリアへ行きたいという気持ちだけが、わたしを動かした

決断して行動すれば、夢はかなえることが出来るのだと知りました。

ひと目見てみたいと願っていたあのきれいな青いビーチが、毎日眺められる贅沢。

英語の成績が良くなくても、海外へ行くことは出来ます。

「オーストラリアの景色を見たい」

この気持ちだけが、わたしをオーストラリアまで連れて行ったのです。

感情だけで行動することがあったって良いと思います。

あなたの人生は、誰のもの?

もし思うように行かなくたって、それはあなただけのとても貴重な経験。代えがたい財産となるのです。

高卒でも海外で働ける! バナナもあるよ!

ワーホリでオーストラリアへ行くと、ファームジョブがたくさんあります。

私は稼げると噂だったバナナファームのある村へ足を運び、3回に渡り合計13ヶ月も滞在しました。

ちなみにバナナファームでのお仕事は、週休2日・労働時間8時間で残業なし・週払いのお給料で手取りAU$700以上という好条件でした。

当時のレートがAU$1=JP\90前後だとすると、月収25万円くらいです。悪くないでしょ?

海外で生活してみたいけど英語が話せないから・・・・・・なんて諦めるのは、とーーーってももったいない!

「Hello」や「today」という超簡単な単語さえも数回聞き返していたわたしが、なんとかなったのです。難しい単語を知らなくても、海外で働けます。

けん銃、バナナのあとは・・・・・・。「自由を右手に、愛を左手に。」

冒頭でも書いたように、現在はニュージーランドで生活をしています。

オーストラリアで出会ったパートナーとともに過ごすために選んだ道です。

ニュージーランドでは、ローン会社で営業周りをしていたこともあります。営業経験もなく、英語の試験(TOEICやIELTSなど)は受けたことがなくても、聞いた人からは「すごいね」と言われるようなお仕事が出来たのです。(笑)

今はローン会社を退職し、「ワクワクする好きなこと」の時間を多く作るため、レストランでランチタイムのアルバイトをしています。

次なる目標。右手には自由を、左手には愛を抱えて歩こう。時にはつまずくこともあるだろうけれど、それをバネにしながら。

まとめ 「好き」は最強のパワーの源!

公務員を辞めることも、オーストラリアへ行くことも、ニュージーランドで生活を始めることも、わたしを動かしたのはたったひとつの感情です。

それは、もうお分かりですよね。「好き」という最強のエネルギー。

勇気を出してやってみるというよりは、やりたいという気持ちを我慢できないくらい、とっても強い気持ちなのです。

この「好き好きパワー」がきっとあなたの中にもあるはずです。

安定の公務員を捨てて海外へ飛び出してみたこと、それは誰のためでもなく、死ぬまで一緒にいなくてはならない「自分」という人のためです。
学歴が低い、英語が話せない・・・・・・でも、スキルがなくてもなんとかなります。

やってみたいという気持ちを、自分のことを、ジワジワと苦しめて殺してしまうのですか?

あなたの生き方を決めるのは紛れもなくあなたです。

けん銃をバナナに持ち替えた元警察官がいるように、周りからみて「もったいない」としても、これがわたしの生き方だと胸を張って言えます。

あなたも、あなたらしい生き方をしてみませんか?

この記事を書いた人

北海道出身、元警察官のnanaです。ニュージーランド在住。日々をちょっぴり豊かにするヒントを書いています。ayuが大好き。ワクワクすることとアイスクリームがエネルギー。ブログのヘッダー作成もやってます!公務員の相談もお気軽にどうぞ。

ブログ:はなうたじゃんぷ

 

管理人:☆←ヒトデの一言

☆←ヒトデ
なんてカッコイイ生き方だ。見習いたい!!

 


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